プルリブス考察:ウイルスはAIなのか?そして主人公の選択

digi
こんにちは、digiです。最近『プルリブス』を再視聴して、戦慄に近い気づきがありました。

このドラマに登場する、真実を暴き出す「ウイルス」。 これ、実は現代の「AIそのものの寓意」ではないでしょうか?

仕事で日々AIと向き合うエンジニアの視点で見ると、ドラマの中で描かれるパニックは、私たちが直面している「AIの負の側面」と驚くほどリンクしています。


ウイルス=AI説|共通する4つの特性

考えてみると、この劇中のウイルスと現代のAIには、共通点が多すぎます。

  • 問えば必ず答える: AIもウイルスも、質問に対して沈黙しません。
  • 嘘をつけない(ただし破壊的): 真実のみを提示するが、その答えの扱い方次第で人間関係を破壊する毒になります。
  • 善悪の判断をしない: 救済に使うか破壊に使うかは、完全に人間側に委ねられています。 
  • 真実を知ること自体が暴力: 不意に突きつけられた真実が、既存の社会システムを崩壊させる。

つまり『プルリブス』は、「知る自由」と「知る責任」の危ういバランスを描く、究極のAI寓話なんです。


主人公が選んだ「意識的な非感染」という希望

物語の肝は、主人公が最後まで「感染(=真実を手に入れること)」を拒み続ける点にあります。

  • 代償の目撃: 他人を通して、真実を知った者が壊れていく様を見てしまった。
  • 好奇心より結果: エンジニア的に言えば、知的好奇心よりもシステムの安定(世界の平穏)を選んだ。
  • 世界の不完全さを引き受ける: 何でも答えるAI(ウイルス)が蔓延する世界で、あえて「質問しない」ことを貫く。

これは逃げではなく、知の暴力に対する「倫理的な抵抗」。制作側が残した、唯一の希望のように感じます。


南米から来た彼が象徴する「逆転の武器」

対照的なのが、南米から来た人物の存在です。 彼にとって「真実」は、奪われてきた者としての尊厳であり、格差をひっくり返すための強力な武器。

この2人を対比させることで、ドラマは私たちにこう問いかけてきます。
「君なら、知ることで生きるか? 知らないことで生きるか?」


結末と続編、そして私たちの現実

シーズン1のクリフハンガーは、単なる打ち切りではなく「問いを視聴者に投げる」ための高度な演出だったのでしょう。

AIの進化が止まらない現代。私たちはすでに、ある種のウイルスに感染し始めているのかもしれません。 真実を知るリスク、そしてその責任をどう取るか。このドラマは、動画配信サービスで今見るべき、最も「現実的なSF」かもしれません。

AIは時に嘘をつく(ハルシネーション)が、ウイルスの提示する真実は残酷なまでに正確。そこがさらにタチが悪いのが肝ですね。

ではでは、良き動画ライフを!



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