『VIVANT』シーズン2の結末は興行面から予想できる? 劇場版シリーズを考えると「乃木は別班を辞めない」
『VIVANT』シーズン2を見ながらあれこれ考察していると、ストーリー上の伏線とはまったく別のところから、今後の展開が少し見えてくることに気づいた。
それが「興行面から逆算して考える」という方法だ。
もちろん劇場版については、現時点では正式発表されていない情報も多い。
ただ、『TOKYO MER』という成功例があり、『VIVANT』についても劇場版の話が以前から報じられている。
もしTBSが『VIVANT』を今後も大型IPとして展開していくつもりなら、シーズン2でできること、逆に「やりにくいこと」は意外と限られてくるのではないだろうか。
『TOKYO MER』で確立した「日曜劇場→映画」の成功パターン
TBSの日曜劇場から生まれた大型作品として、『TOKYO MER~走る緊急救命室~』がある。
テレビシリーズで人気を獲得し、その後はスペシャルドラマや劇場版へ展開。
この方式の強みは分かりやすい。
テレビで登場人物と世界観を十分に育てているため、映画では説明に時間を使わず、最初から大規模な事件を描ける。
しかもMERの場合、
喜多見幸太+TOKYO MER
という基本フォーマットさえ維持すれば、舞台や災害を変えて新しい作品を作ることができる。
これは映画シリーズとして非常に強い。
そして『VIVANT』にも、まったく同じ強みがある。
VIVANTは「日本版ミッション:インポッシブル」になれる
『VIVANT』には乃木憂助がいる。
そして別班がある。
公安の野崎がいて、黒須をはじめとする別班メンバーもいる。
この基本メンバーさえ維持すれば、
別班に新たな任務が発生
↓
乃木が海外へ
↓
野崎も別ルートから事件を追う
↓
巨大な陰謀が判明
↓
乃木が任務を遂行する
というフォーマットを何度でも使える。
舞台も自由だ。
アジアでもヨーロッパでも中東でもいい。
敵も国家、テロ組織、諜報機関、巨大企業など、いくらでも変えられる。
考えてみればこれは、
「日本版ミッション:インポッシブル」
にかなり近い。
『ミッション:インポッシブル』がイーサン・ハントを中心に長期間シリーズを続けられたように、『VIVANT』も乃木と別班という基本構造を維持すれば、劇場版を何本も作れる可能性がある。
そう考えた瞬間、シーズン2の結末について一つ大きな制約が見えてくる。
乃木をシーズン2で別班から離脱させるのは「もったいない」
以前の記事では、シーズン2のテーマとして、
乃木が国家や別班そのものに疑問を持つのではないか
と考察した。
父・ベキは国家に見捨てられた人間だった。
シーズン1で乃木はベキと対峙し、その人生と思想を知った。
それでも乃木は国家を守る別班員として残った。
しかしシーズン2で、もし別班や国家が誰かを切り捨てるような判断をしたらどうだろう。
乃木は、
「父が国家を見限った理由は、これだったのではないか」
と思い始めるかもしれない。
ここから乃木が別班を離脱する展開まで想像していた。
物語としては非常に面白い。
ところが、劇場版シリーズを今後何本も作ると仮定すると話が変わってくる。
シーズン2で乃木を別班から完全に離脱させてしまうと、シリーズの基本フォーマットそのものを壊してしまう。
これは興行面から考えると、かなりもったいない。
櫻井司令が乃木の「疑念」のきっかけになる?
そこで気になってくるのが櫻井司令だ。
櫻井が実は悪人だった、という単純な展開ではなく、
「国家を守るためなら誰かを犠牲にすることもやむを得ない」
という立場を取る可能性がある。
それは別班の司令としては間違っていない。
しかし乃木にとっては違う。
自分の父親は、まさに国家の都合によって切り捨てられた人間だからだ。
もしシーズン2で、
櫻井「国家を守るためには仕方がない」
という判断と、
乃木「本当にそれでいいのか?」
という考えが初めて衝突したら面白い。
しかも二人が完全に決裂する必要はない。
むしろシーズン2では、
乃木の中に初めて別班への疑念が芽生える
くらいで終わらせる。
これなら劇場版へ非常に綺麗に繋げられる。
「別班には残る。でも以前の乃木ではない」
シーズン2の着地点として最もありそうなのは、これなのではないか。
乃木は別班を辞めない。
しかし、
別班の命令=正義
とは思わなくなる。
国家の命令に従うだけではなく、自分自身で何が正しいのかを判断するようになる。
これなら劇場版では毎回、
「別班から与えられた任務」
と
「乃木自身が正しいと思うこと」
の間に少しずつズレを作れる。
最初は小さな違和感。
次の作品では命令を一部無視する。
さらにその次では、別班に隠れて独自行動する。
そしてシリーズ最終作でついに、
乃木 vs 別班
という最大のカードを切る。
長期シリーズとして考えるなら、非常に使いやすい構造だ。
ベキも簡単には使い切らない?
同じ理由から、ベキについても考え方が変わってくる。
もしベキが生きているとしても、シーズン2ですべてを回収してしまう必要はない。
むしろ乃木の中に残った、
「父はなぜ国家を捨てたのか」
という問いそのものを、今後のシリーズを通じて残しておいた方がいい。
シーズン2では父の考えが少し分かる。
劇場版ではさらに国家の暗部を見る。
乃木は徐々にベキの思想に近づいていく。
しかし完全に同じにはならない。
そうやって何作もかけて乃木自身を変化させていけば、単なる「別班のスーパーエージェント」では終わらない。
ただし、ここでもう一つ問題がある
ここまで考えて、さらに別の問題に気づいた。
俳優側はそんなに何度も同じ役をやりたいのだろうか?
もちろん鈴木亮平さんや堺雅人さん本人がどう考えているのかは分からない。
ただ、ヒットしたからといって、
「同じことを何度も繰り返してください」
だけでは、長期シリーズを続けるのは難しいのではないか。
『TOKYO MER』なら、毎回巨大事故が発生して喜多見が救助に向かう。
『VIVANT』なら、毎回別班に任務が来て乃木が敵を倒す。
興行的には安定していても、演じる側からすれば役としての変化が少なくなってしまう。
だから長期シリーズには、
「フォーマットは変えない。でも主人公は変化していく」
という構造が必要になる。
興行側は「乃木を別班に残したい」、俳優側には「乃木を変化させる必要がある」
ここで面白いことに気づく。
興行面だけを考えれば、
乃木には別班に残ってもらいたい。
その方が映画を作りやすいからだ。
一方、同じ役を何年も魅力的に演じてもらうには、
乃木という人物を変化させ続ける必要がある。
この二つを同時に成立させる方法が、
「別班には残る。しかし別班への考え方が変わっていく」
なのではないか。
これは制作側にも都合がいい。
俳優側にも毎回違った乃木を演じる余地ができる。
そして視聴者も、単なる繰り返しではなく、
「乃木は最終的にどこへ行くのか」
という長期的な物語を追える。
そう考えるとシーズン2で「離脱」は早すぎる
ここまで興行面から逆算すると、シーズン2で乃木が別班を辞める可能性はむしろ低く思えてきた。
ありそうなのは、
シンシーとの事件は決着する。
その過程でジャミーンや薫、テントに関する秘密が明らかになる。
そして別班あるいは国家が下した何らかの判断に、乃木が違和感を覚える。
ベキの人生を知っている乃木だからこそ、その判断を無条件には受け入れられない。
しかし今回は別班に残る。
ただし――
もう以前の乃木ではない。
この程度の変化で終えるのが、実は一番ありそうなのではないだろうか。
最終的な「別班離脱」はシリーズ最後のカード
そして本当に『VIVANT』が劇場版を何本も続けるシリーズになったとしたら、
乃木が別班を去る
という展開は、最後まで取っておくべきカードになる。
何作もかけて乃木と国家の距離が広がっていく。
櫻井司令との考え方も少しずつズレていく。
それでも乃木は別班員として日本を守る。
しかしシリーズ最終作で、とうとう国家の命令と乃木自身の正義が完全に衝突する。
そして乃木が決断する。
これなら父・ベキから始まった物語にも決着をつけられる。
シーズン1では、
「なぜ父は国家を捨てたのか」
シーズン2では、
「父の気持ちが少し分かってしまった」
劇場版シリーズでは、
「国家と自分の正義が少しずつズレていく」
そして最終作で、
「乃木自身が選ぶ」
ここまで描けば、かなり壮大なシリーズになる。
ストーリーを考えていたらTBSの事業計画を考察していた(笑)
最初は単純に、
「シーズン2のラスボスは誰だろう?」
「薫は何者なんだろう?」
「ベキは生きているのでは?」
と考えていただけだった。
ところが劇場版の噂や『TOKYO MER』の展開まで考え始めると、別の角度から今後のストーリーが見えてきた。
長期IPとして使いたいなら、壊してはいけないものがある。
乃木。
別班。
野崎。
この基本構造はおそらく簡単には壊せない。
しかし同じことを繰り返すだけでは、視聴者も俳優も飽きてしまう。
だから、
フォーマットは維持しながら、乃木自身を変えていく。
これが一番合理的に思える。
となると、シーズン2後半で注目したいのは巨大などんでん返しだけではない。
乃木が初めて、
「別班の判断は本当に正しいのか?」
という表情を見せる瞬間があるかどうか。
もしそんな場面が出てきたら――。
我々はストーリーの伏線からではなく、
TBSの興行戦略から乃木憂助の人生を当ててしまったことになる(笑)。





















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